中3学年通信ーブログ版ー

中学3年生 学年通信

【夏休み】沖縄へいらっしゃい⑩ 最終回

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 「雑草という名の植物はありません、と昭和天皇はおっしゃいました」と岩田剛典クンに教えられました。おお、あなたが、生徒諸君の間で評判の高い「三代目」の人でしたか。初めましてと、思わずスクリーンに向かって会釈するおっさん。カッコいいっすね、さすがに。もふもふした犬みたいに(ホメてます)。
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 有川浩さんは非常に映像的な小説を創る書き手として以前から注目しておりました。『阪急電車』も佳品でしたね。

 と、わが家にもある古い植物図鑑を引っ張り出してページをぱらぱらとめくってみたりします。
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 ウチの田舎もたいがい「そこらの草」を食べてきたよなあという感慨があります。
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 「ばっけ」はふきのとうの秋田方言です。キミ、映画デ、ショウカイサレテタヨ。
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 子どもの頃から食い意地が張ってたと母は言います。そのせいかどうか(そのせいです)ここまでの沖縄編、いささか食べ物にお話が偏り過ぎたかなあと、この二日ほど反省しておりました。読み返してみて我ながら胸やけがしそうなほどですから、ちょっとしつこかったですよね。

 食べ物というのはその土地の文化に入ってゆくときの一番わかりやすい指標になるんですが、美味しいおいしくないで話が終わってしまうのではなんだかもったいない(それでもいいんですけど)。その土地の風土と最も深く結び付いているものですもんねえ。
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 海中の岩に生えている奇怪な物体を食ってやろうと考えた先人が三陸海岸地方におりました。

 原野に生い茂ったホウキグサの実が東北の飢饉に苦しむ人々を幾度も救ってまいりました。ほんとにこの草で箒を作ったんだそうです。実はあくまでもおまけで、もったいないから食べてやろうと。でも食べられるようにするまでにはなかなかの手間がかかりました。それを海に生えている「雑草」と合わせて旅人に供しようと現代の秋田の料理人さんは考えた。ぬるぬるプチプチ。
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 沖縄では豚は鳴き声以外は全て食べる、と言われます。もちろん耳も。それが近所のコンビニの棚に並んでるのは、おお、キミどしたんと懐かしいです。
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 ひとつつまんで口に含めば修行僧になりたくなる、気がいたします。
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 どうか沖縄をひとつの「教材」として、思い切りみなさんのアンテナを高く高く立てていただきたい。それをみなさんの感性のフィールドワークの場にしていただきたい。
 彼の地を訪れ始めてからかれこれ30年が経つおっさんは心からそう願います。

※夕食のブッフェの順番を待つ間に、誰に言われるでもなく、その日の感想をしおりにまとめる人たち。
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 帰りの飛行機の中で気を失うほどに(笑)沖縄を堪能してほしいものです。
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 かつて生徒諸君とシンガポールを訪れたあと、一冊の文集を編みました。
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 修学旅行についてのボクのスタンスは当時と1㎜も変わってはおりません。
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 「やわらかい心と素直な目で」

 空港の建物を一歩外に出たとたん、全身をくるむようにまとわりついてきた、重たくてなま温かい湿気の固まり。それはこの土地が赤道直下の熱帯にあって、しかもいま、雨期に入ったばかりであることを、私たちに無言のまま教えてくれました。そう、あれこそがシンガポールという「異文化」と出会った最初の洗礼のように思います。

 その土地に行ってみなければわからないことがあるとは、よく言われる言葉です。これほど情報が飛び交う社会にあっても、本や写真やビデオ映像をどれほど見ても、それでも現地に行ってみなければわからないことは、たくさんあります。その土地の持つ空気の肌触り、街の物音、風のはらむ匂い、人々の話し声……。だからこそ私たちは旅を愛し、また旅に出るのでしょう。

 異文化と触れ合う時に最も大切なことは、とにかくその文化を丸ごと、そこにあるがままのものとして、素直な心で受け止めることではないでしょうか。いっさいの先入観や偏見を捨てて、その土地と、そこに暮らす人々、働き、食べ、眠り、愛し、生きてゆく、そういう人々の営みに敬意を持って接し、全肯定的な態度で受けとめる、それの出来る人にだけ、その土地は心を開いてくれるのではないかと思います。心のやわらかい年頃に、みんなが彼の地を訪れたことの意味も、案外そんなところにあるんじゃないかなと思います。
 

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by seibo_kouichi | 2016-08-17 21:42 | 日曜版 | Trackback

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