2012年 01月 23日 ( 1 )

過去形が悲しい。

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書架の向こうから 【第120話】

 「過去形が悲しい」


 「閖上(ゆりあげ)の五十集(いさば)」は、名取川の河口の港町である閖上から来る、漁夫の女房連による行商である。細々とだが、現在でも続いており、ときおり仙台の街中でも見かけることがある。やはり出で立ちはもんぺ姿―股引に半纏、前垂れをしている。 (『川筋物語』) 

 鳥の声がする。庭に刺した蜜柑や林檎や古くなった油揚げに鳥が来る。地面に撒いたパン屑にも。メジロ・スズメ・ヒヨドリ……。それを窓越しに猫が狙っている。ぶんぶんと尻尾を振り回して、耳を前方にピンと倒して。炬燵の微睡みの中でそれを見るともなく見、聞いている。冬の午後の日。透明な陽射し。日常とはかくも気怠く、また淡々(あわあわ)としたものか。

 かつては三百人を越したという五十集のほとんどは、朝霧をついて名取川の右岸の松並木が続く堤防を歩きはじめ、落合にあった渡し場で川を越え、広瀬川と並行した井戸浜街道を通って仙台入りした。大変な徒行距離であり、かつ重労働でもあり、さらに五十集の名は、五人組で保証金を積み、競りに立って魚を買い入れるという所から来たというのだから、男勝りに気が荒く豪気なのも当然だったわけだ。

 地図を見れば、海は東にすぐそこだ。ここからやや南に仙台空港はある。空港への着陸ルートはいったん海上に出て、そこから高度を下げてゆく。いつもすぐ眼の下に集落の佇まいが眺められた。その海からあの日、津波が押し寄せて集落を呑み込んだ。宮城・仙台・閖上(ゆりあげ)地区。ひとつの集落がまるごと消滅するほどの被害であったことは、その後の報道で人皆知るところである。

 親の代からの得意を回ると言うから、買う方も売る方も二代続き、今ではともすれば三代の付き合いとなっている所もあるかもしれない。名産の焼きガレイに限らず、キチジ、メヌケ、はらこの入った秋鮭、毛ガニ……。目が緑色に光っているところからメヒカリと呼ばれるシシャモにも似たやはり卵を孕んだ小魚は、シシャモよりはよほど味わいが深くて肴には恰好だった。

 私より二歳下の仙台在住の作家・佐伯一麦(さえき・かずみ)が『川筋物語』(朝日新聞社)を上梓したのは、1999年のこと。奥羽の山脈を発して海へと至る川筋の風景と人々の暮らしを追いながら、自らの故郷への愛惜を静かな言葉で織り上げた。その終盤近くの章に「閖上」は登場する。

 玄関の引き戸が細めに引かれて、小振りな鈴の音がしたかと思うと、やにわに「焼アきガレイいらんけエー」という女の人のガラガラ声が起った。しばらくして、戸がさらに引かれて、「焼アきガレイいらんけエー」と、今度は家の中を奥の方まで覗き込むようにしながら、大きな声が吹き込まれた。

 行商という懐かしい商いの形態にも、そこで売り買いされる様々な土地の食材にも、人という生き物の持つ温もりが、息遣いが、肌触りが、淡く在る。あるいは「在った」。過去形が悲しい。



 「図書館だより」用の原稿を本日図書館に入稿いたしました。発行は2月中旬、高校の卒業式前になりますので、先にこちらへアップいたします。
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 守護神オオトリサマに見守られて、それぞれが孤独な闘いの団体戦を奮闘中です。
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by seibo_kouichi | 2012-01-23 15:30